<無礼句>選ばない選択

 鬼滅の刃、ケーブルテレビ番組で全話3回目。
 今、ケーブルで観ています。ストーリー知っていても、涙とまりません。じっくりと、しっかりと、セリフを聞かせ、絵を見せます。

 場面に合わせた音楽がまた、その場面の心情を盛り上げていきます。
 戦いの場面は3Dの見応えのある映像。そして、炭次郎の純粋で素直なこころの声と描写がより深いアートに仕上げています。

 禰豆子(ねずこ)にしろ、アル(アルフォンス)にしろ、元の姿に戻したいと思う兄弟のこころ。お互いの信頼とそれぞれの素直な思い。
 鬼滅の刃にも、ハガレンにも、通じています。絶対悪があるのではなく、それぞれの思いが相手にとって、社会にとって、悪とみなされてしまうところに、ひととしての在り方が問われていると思います。

 多様性の社会を、ダイバーシティといいます。
 ただ、いろいろな人が生活しているのではなく、それぞれの人生観や哲学、生き甲斐があり、その価値観は比較することすらできません。

 もしも、この世界に、この身体に、魂が定着しているだけだとすると、そして、最後にはその魂が解放されるとすると、今この時にここにいる意味はなんでしょう。

 「コウノトリ」の話しの中に出てきます。ソーシャルワーカーが、障害を持って生まれてくる赤ちゃんのお母さんに、手紙を書いて伝えます。
 みんな、都会に行く飛行機に乗って都会に行くけど、たまたま、行き先がみんなと違って、地方の空港に着いただけ。その街もとてもステキで、都会ではない良さに気づくと思います。ただ、行き先が違っただけ。だから…。

 「かみさまとのやくそく」の池上明さんのいうように、魂がこの世を終えたら、また次の世界に向かうとしたら、わたしたちは、今のこの世のこの時に、何の意味を持って存在しているのでしょうか。

 わたしは思います。今のこの世のこの時に意味があるのではなく、次の世界のために今が必要なのではないでしょうか。今に意味を持たせることではなく、今のこの存在が次のために必要なんです。

 あなたの生き方に意味があるとしたら、あの時あの場所にあなたが存在しなかったことに、大きな意味があるではないでしょうか。つまり、あなたがその人生を選んだということは、選ばなかった、避けたという人生が存在したということなのです。

 スピリチュアルでいう「引き寄せ」も同じことで、実は選ばなかったという選択を重ねてきたことなんです。自分の知性理性でない選択を選んだということです。つまり、結果として感性で行動を選択したんです。

 天とつながる、神の声が聞こえる、出来事が向こうからやってくるということは、この「感性で行動を選んだ」ことの連続だと思います。
 そして、業とは、この選択ができるという業(わざ)なのではないでしょうか。

 無になって選ぶのではなく、無になって選ばない選択をする、それが、生きること、そう思いませんか。
 みんなで選ばない選択で、愉しく生きてみませんか(^^)

6月 27, 2020

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